April 01, 2005

拡散そして収斂

目をつぶると
ぼくは そらを包んでいた
目をつぶると
ぼくは うみの底に溶けていた
目をつぶると
ぼくは このほしを見上げていた
目を開けると
ぼくは どこにもいなかった

つきの明かりが透き通り
目をつぶると
ぼくは さがしていた

目を開けると
ぼくは ぼくになっていた
どこでもなく ここで

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August 12, 2004

Confession

僕は決断しなければなりません。
その決断は僕にとって悲しすぎるのですが,僕はそうしなければいけないのです。
君が僕のそばから居なくなるなんて,信じられない。
君のいない生活なんて考えられない。辛すぎるよ。だけど,君は幸せになれるんだよね?

いつものことさ。僕が我慢すればすべてうまくいく。
それが僕のカルマ。悲しいカルマ。

さようなら。
もう一度だけ言うよ。今でも君を愛しているよ。

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August 10, 2004

communication

あなたには守りたいものがありますか。
「いいえ、僕にはそんなものはありません」
お金や財産は守りたくないのですか?
「必要ないと言えば嘘になるけれども、固執はしていません。守ろうとするほどじゃありません」
そうですか。では人はどうですか?大切な人は。
「いません」
寂しいですね。
「寂しくはありません。人間いつだって独りだからです」
いつだって独りとはどういうことですか?
「そのままの意味です。僕もあなたも独りです」
私には妻がいます。友人だっています。独りではありませんよ。
「物理的にはいくつかの個体があなたの周りに存在しているかも知れませんが、精神的はそうではないでしょう」
よく分かりません。精神的に独りということはどういうことですか?
「あなたはあなた自身にしか動かせないということです。他の誰が何を言おうとも、考えるのはあなた。決めるのはあなた。あなたの魂は誰にも触れられないでしょう。これは他の人にも言えることです。それに、誰か他の人と何かを共有していると考えるのだって怪しいものです。あなたが感じていることと誰かが感じていることが同じなんてどうやって証明できますか?赤信号を見たとして、私と同じ『赤』をあなたが見ているという保障はありません。私の世界では『青』と感じるものをあなたは『赤』と感じているかも知れない。それでも別に不都合はなく、二人とも信号の前で止まることはできます。なぜなら、止まれという信号色…かりにXとしましょう。そのXには『赤』というラベルが付けられています。信号がX(赤)のときは止まると言うことはこれまでの学習で身に付いているからです。しかし、そのXをどのように感じているか?みんなが同じに感じているか?Xがどのように感じられようが、それは『止まれ』の色として刷り込まれているのです。私にとっての青や黄色やピンクかも知れないのに…もしかしたら、色だけではないのかも知れない。色々な物事がみんなバラバラなのかも知れない。誰も何も共有していないのかも知れない」
あなたのおっしゃることは何となく分かります。そして、あなたは悲しい人だということも分かりました。
「そう思うのは勝手ですが、あなたには分かるはずがありません。理由はさっき言ったことです。」
いいえ、私には分かりますよ。
「あなたは学習能力の低い人だ…」
学習能力の問題ではありません。分かるんです。
「なぜですか?」
私はあなただからです。

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August 05, 2004

「そら」と「つき」と

ぼくは「そら」になりたい。
気づいていますか?「そら」は、いつでもそこにいます。
晴れの日も雨の日も、うれしいときも悲しいときも。

ぼくはあなたをつつむ「そら」になりたい。

ぼくは「つき」になりたい。
気づいていますか?「つき」は一日の半分は必ず「そら」にたたずんでいます。
「つき」は、独りでは輝けません。太陽の輝きを優しく受け止めて、自分もひっそりと輝いているのです。

ぼくはあなたを照らす「つき」になりたい。

「そら」は何も求めない。「つき」は何もほしがらない。

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August 01, 2004

正義

君はそれでいい。
あなたもそれでいい。
正義なんて人の数だけある。
君たちの正義を貫けばよい。
誰に迷惑をかけても構わない。
僕が悲しんだって構わない。

そうだろう?

人は自分の正義のために生きる。
アメリカを見ろ。
イラクを見ろ。
北朝鮮を見ろ。
君自身を見ろ。

分かり合えるという幻想。

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July 31, 2004

4:29

4:29に世界は始まった
空と海とを分かつ直線に
オレンジが蠢く
それは生きている

遠い記憶
僕は樹木
あるいは石

4:29に世界は始まった
今も僕はここにいる

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July 30, 2004

ビシソワーズ3

 2003年の夏は寒い。

 だから「冷たいけれど温かいスープ」白こしょうがほどよく効いて(効き過ぎ?)、冷えてはいるけれど体の中はポカポカしてくる。完成。
 後は彼女が帰ってくるのを待つだけだ。彼女は冷え性だからこれで温まってもらおう。体も心も冷えているからゆっくり時間を掛けて温めていこう。

 いつか、

 二人でビシソワーズを食べている。そんな夏休みのある日。僕はこれからもつくりつづける。

 僕はそうしたいから。

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July 29, 2004

ビシソワーズ2

 ミキサー登場。ジャガイモ・タマネギ・ブイヨン・生クリーム・・・全てを渾然一体に変えていく。究極のカオス。そこにはジャガイモとタマネギの区別はない。僕と君と彼との区別もない。形なんてどうだっていい。こんな混沌とした世の中。僕と君、僕と彼、君と彼。何がなんだか分からないよね。そこには何があるんだろう。
 味見をしてみる。うん、なかなかいい味だ。僕はレシピを持たないので、いつも適当。目分量。これではプロになれない。ならないけれど。うまくできなかったらやり直せばいい。やり直しはいくらでもきく。料理だから。そう、料理だったらやり直しはいくらでもきく。振り出しに戻ることができる。
 スープを冷蔵庫に入れる。ゆっくり、ゆっくり、熱が奪われていく。

 僕らの愛もゆっくり、ゆっくりさめていく。

(ビシソワーズ3へ続く)

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July 28, 2004

ビシソワーズ1

 ジャガイモは皮をむき、細かく輪切りにしておく。タマネギもそうだ。形なんかどうだっていいから細かく切っておこう。
 雪平鍋にジャガイモとタマネギを入れて水をはり、火にかける。固形ブイヨンを落とすのも忘れずに。煮立ってきたら火を弱め、灰汁を取りながらコトコト煮込む。
 ジャガイモが煮くずれ、でんぷんの働きでとろみが出てきたら、塩・こしょうで味を整える。こしょうは白こしょうの方が見た目にきれいだし、「冷たいけれど温かいスープ」というコンセプトに適う。
 そう、冷たいスープなのだから、少し濃いめの味にしておかないと完成品は薄味になってしまう。コツといえばこれがそうだろう。熱は分子の働きを活性化させる。味もそうだ。熱が奪われて冷えると味もおとなしくなる。
 火を止めてから生クリームを入れる。まろやかになれと。火を止めてから入れるのがよいのかどうかは分からない。何となくそうしているだけで。・・・・・・粗熱の取れるのを待つことにする。

 夏のある一日のこと。僕は独り、ビシソワーズを作っていた。


(「ビシソワーズ2」へ続く)

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negative thinking

いつか夢はかなう。
かなわない夢はないんだ。

誰かが歌う。
ふざけるな、いくら本気でも、いくら願っても…
そして努力しても、適わないことはいっぱいある。

大切なのは信じること。
それでも人を信じる。

信じた分だけ、裏切られたときは辛い。分かっているけれど、人を信じようとは思えない。
信じなければ裏切られない。期待しなければがっかりしない。

契りきな かたみに袖を しぼりつつ すゑの松山 波こさじとは (小倉百人一首 四十二番 清原元輔)

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